大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

東京地方裁判所 平成8年(ワ)15550号 判決

原告 室井正人

右訴訟代理人弁護士 二瓶和敏

同 山川豊

被告 アメリカン・ライフ・インシュアランス・カンパニー

右日本における代表者 戸國靖器

右訴訟代理人弁護士 大江忠

同 大山政之

主文

一  原告が、被告に対し、雇用契約上の権利を有する地位にあることを確認する。

二  被告は、原告に対し、金三六〇万円及びこれに対する平成一一年七月三一日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

三  被告は、原告に対し、平成一一年七月三一日から本判決確定に至るまで、毎月二五日限り、金一〇万円を支払え。

四  被告は、原告に対し、金二億二八四七万五〇〇〇円及びこれに対する平成一一年七月三一日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

五  被告は、原告に対し、平成一一年七月三一日から本判決確定に至るまで、毎月二五日限り、金五五六万七五四五円を支払え。

六  被告は、原告に対し、金六三四一万六二七二円及びこれに対する平成一一年七月三一日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

七  被告は、原告に対し、平成一一年七月三一日から本判決確定に至るまで、毎年六月一〇日限り金六八五万八七六三円、毎年一二月一一日限り金一二三五万七四九九円をそれぞれ支払え。

八  原告のその余の請求を棄却する。

九  訴訟費用は、これを二〇分し、その一を原告の負担とし、その余を被告の負担とする。

一〇  この判決は、二項ないし七項に限り、仮に執行することができる。

事実及び理由

第一原告の請求

一  主文一項同旨。

二  主文二項同旨。

三  主文三項同旨。

四  被告は、原告に対し、金二億三二二七万二五三一円及びこれに対する平成一一年七月三一日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

五  主文五項同旨。

六  主文六項同旨。

七  被告は、原告に対し、平成一一年七月三一日から判決確定に至るまで、毎年六月九日限り金六八五万八七六三円、毎年一二月八日限り金一二三五万七四九九円をそれぞれ支払え。

第二事案の概要

本件は、被告から懲戒解雇された原告が、解雇は無効であるとして、被告に対し、雇用契約上の権利を有する地位の確認と、賃金の支払を請求している事案である。

一  争いのない事実等

(証拠等によって認定した事実は、認定事実の末尾に証拠等を挙示した。)

1  当事者

(一) 被告は、生命保険業及びその再保険事業等を目的とする株式会社である。

(二) 原告は、平成元年一〇月一日、被告にコンサルタント社員として採用され、後記解雇時には、首都圏地区統括部港横浜エイジェンシー・オフィス(以下「港横浜オフィス」という。)に配属されて、生命保険契約募集業務に従事し、被告のコンサルタント社員給与・報酬規定(以下「給与・報酬規定」という。)上、二級コンサルタント社員の地位にあった。

2  自宅待機命令

被告は、平成八年一月二三日、原告に対し、同月二四日から出勤の許可があるまでの間、自宅待機するよう命じた。

3  懲戒解雇

被告は、原告には、被告のコンサルタント社員賞罰規定(以下「賞罰規定」という。)七条五項七号及び同項一一号に該当する事由があるとして、原告に対し、平成八年七月一八日付けで、懲戒解雇の意思表示をした(以下「本件懲戒解雇」という。)。

4  賞罰規定

被告の賞罰規定中には、次の各規定がある。

第六条(懲戒の方法)

懲戒はその行為の重大性の程度に応じて次の方法にて行う。

(3) 降格 資格の降格、および役職の解任を行う。

(5) 懲戒解雇 予告をなし、または予告をせずに即時に解雇する。懲戒解雇の場合、退職金を支給しない。

第七条(懲戒の基準)

(三) 降格

次の各号の一に該当する場合には、降格の処分をする。但し、情状により減給または譴責に止めることがある。

(12) 成績を他人に譲り、または他人から譲り受ける等により、不正な計上を図った場合。

(五) 懲戒解雇

次の各号の一に該当する場合には、予告期間を設けないで懲戒解雇の処分をする。但し、情状により降格、減給または譴責に止めることがある。

(7) 職務上の地位を利用して、会社の内外を問わず、みだりに金銭、物品その他の諸利益を受けまたはこれを供与し、もしくは不正な貸借をした場合。

(11) 故意または重大な過失によって、契約者または会社に著しい損害をこうむらせた場合。

第一五条(出勤停止)

懲戒に該当すると認められる者および本人が出勤するのが適当でないと会社が認めた場合は、就業を禁止し自宅待機を命ずることがある。

5  賃金

(一) 給与(固定給)・報酬に関する取決め

給与・報酬規定上、二級コンサルタント社員である原告には、給与(固定給)として一律月額一〇万円が支給されるほか、出来高払の報酬として、①初期補給、②キャリア手当、③成績手当、④継続率手当、⑤継続手当、⑥長期在籍優績者手当、⑦一時払手当、⑧教育資格手当の各手当が支給されることになっている。また、前々年度募集手数料の支払額が三〇〇〇万円を超えた場合、消費税が別途支給される取決めとなっている。なお、給与・報酬は、前月二四日締め当月二五日支給とされている。

(二) 賞与に関する取決め

賞与については、コンサルタント社員賞与規定(以下「賞与規定」という。)があり、賞与の支給額は、計算期間中の有効換算成績合計額に支給率を乗じた金額と定められている。そして、計算期間については、夏期賞与が毎年一一月から四月まで、年末賞与が毎年五月から一〇月までと定められている。

(三) 平成七年の支給額

(1) 被告は、前記(一)の取決めに基づき、原告に対し、固定給毎月一〇万円、報酬については、平成七年一月分二〇〇万四八一四円、同年二月分七二一万九八三八円、同年三月分二〇五万九六八四円、同年四月分七五八万三八〇二円、同年五月分五七二万〇八一四円、同年六月分三一六万五三三五円、同年七月分一五〇万七三四三円、同年八月分一九七万五一七六円、同年九月分二四五九万八七三八円、同年一〇月分四三三万〇八一三円、同年一一月分二五五万八四九八円、同年一二月分四〇八万五六九一円を支給し、その平均報酬月額は、五五六万七五四五円であった。

(2) 被告は、前記(二)の取決めに基づき、原告に対し、平成七年夏期賞与として六八五万八七六三円、平成七年年末賞与として一二三五万七四九九円をそれぞれ支給した。

(四) 自宅待機命令後の支給額

(1) 原告に対しては、自宅待機命令後も、固定給については従前どおり支給されていたが、出来高に応じて支払われる報酬については、平成八年一月分一七七万〇〇一四円、同年二月分一一五万四七一九円、同年三月分一一一万〇七一七円、同年四月分一八三万一七〇六円、同年五月分五六万三一〇八円、同年六月分七〇万一六四〇円しか支給されず、また賞与についても平成八年夏期賞与は一〇九万一二七七円にとどまった。

(2) 本件懲戒解雇後は、固定給、報酬、賞与のいずれも全く支給されていない。

二  争点及び当事者の主張

1  懲戒解雇事由の存否

(一) 被告の主張

(1) 懲戒解雇事由①

ア 原告は、港横浜オフィス所属の中平佳文エイジェンシーセールスマネージャー(以下「中平」という。)及び鈴木基弘コンサルタント社員(以下「鈴木」という。)が、川嶋栄光エイジェンシーマネージャー(以下「川嶋」という。)の支援を得て募集した契約、又は中平や鈴木が単独で募集した契約(確認されているものだけで三六件)を、原告が募集に何らの関与もしていないにもかかわらず申込書に共同募集として自己の氏名を記載し虚偽の報告を行うとともに、不当に報酬を取得した。

原告の右所為は、懲戒解雇事由を定めた賞罰規定七条五項一一号(故意または重大な過失によって、契約者または会社に著しい損害をこうむらせた場合)に該当する。

以下、敷衍する。

イ 原告が報告したことについて

原告は、実際に保険契約者を訪問し、加入手続を行った中平や鈴木が、募集者の欄に自己の氏名及び募集人登録番号を記した記名判を押捺した保険契約申込書の共同募集者の欄に、自己の氏名及び募集人登録番号を記した記名判を押捺して被告に提出していた。

ウ 虚偽報告であることについて

(ア) 原告は、保険契約者の顧問等を務め、あるいは税務処理等を担当していた税理士に顧問先を紹介してもらい、その結果保険契約成立に至ったものであり、これも共同募集に該当する旨主張する。

しかし、共同募集とは、「募集」を共同にて行った場合のことをいい、保険募集の取締に関する法律(以下「募取法」という。)二条三項(平成八年四月一日施行の保険業法二条一六項も同じ。)は、「この法律において「募集」とは、保険契約の締結の代理または媒介を行うことをいう。」と定義している。そして、この「媒介」とは、「他人の間に立って、両者を当事者とする法律行為の成立に尽力する事実行為」と定義するのが一般であり、保険契約の場合、この「他人の間に立って」とは、保険契約者と保険者である被告との間を指す。ところが、税理士にアプローチした段階では、契約の一方当事者である、保険加入を希望する者(見込客)が存在せず、「他人(保険契約者と被告)の間に立って、両者を当事者とする法律行為の成立に尽力」したとはいえないから、原告の所為は、「媒介」の定義に照らして「募集」に該当しない。保険契約の場合、「募集」に該当するのは、契約者に対する保険の説明から、被保険者との面談、加入に必要な診査の手配、保険契約申込書の受領、第一回保険料充当金の受領等、保険契約成立に至るまでに必要な一連の手続を行うことであるが、原告はこれらを行っていないのである。

(イ) 被告においては、団体取扱いの保険について、最初に団体設置申請をした募集人と、この団体契約に基づいて個々の保険の募集をした募集人との共同募集とすることを認めている。団体設置申請をした募集人は、この団体と被告との間に立って、個々の保険契約募集の元となる団体取扱契約の成立に尽力したということができるからである。

しかし、原告の「税理士ビジネス」については、当該税理士と被告との間には、何の関係もない。原告は、原告及び川嶋が、個人として税理士と「業務提携契約」を締結したことを認めているが、被告がこのような契約を締結することを承認したことはない。それどころか、個々の募集人が、募集資格を持たない税理士とこのような「業務提携契約」をし、募集を進めることは、無資格の者が、単なる紹介ではなく募集に携わることとなり、募取法上許されないものである。

エ 被告の損害について

(ア) 被告においては、報酬及び賞与の計算は、個々の募集人が募集した保険について、被告所定の方法により換算した数値により支払われているが、二級コンサルタント社員の換算率は、一級コンサルタント社員、見習いコンサルタント社員及びコンサルタント補社員の換算率より一割高い。また、成績手当、継続率手当、賞与及びキャリア手当は、有効換算成績、継続換算成績等の数値により乗率が異なるため、同格のコンサルタント社員であっても、右成績の高い者ほど高額の報酬及び賞与を受け取ることができる。

(イ) エイジェンシーセールスマネージャーが自ら募集を行った場合、二級コンサルタント社員と同一の報酬が支払われるが、有効換算成績は適用されず、継続換算成績だけを乗率一〇〇パーセントとして計算することになっている。すると、同じ保険を募集した場合でも、有効換算成績について高い数値を上げているコンサルタント社員が募集を行った場合のほうが、エイジェンシーセールスマネージャーが募集を行った場合より、高い成績手当となる。

(ウ) 二人の募集人が共同募集をした場合は、保険料(特別保険料を除く。)の半額を計算基礎として、双方に計上することとなっている。

(エ) 原告は、前記アの契約を中平や鈴木との共同募集であると虚偽の申告をしたことにより、被告から一億五五〇八万六一三九円の支給を受けたが、実際の基準によれば、支給額は一億三四五一万九七〇〇円となるのであり、その差額二〇五六万六四三九円、本来取得することのできない報酬を受領していたものである。

他方、中平は、原告との共同募集として申告したため支給額が一二四四万三一五六円となり、実際の基準による支給額一六八一万九四七二円より四三七万六三一六円少ない金額を受領していた。また、鈴木は、原告との共同募集として申告したため支給額が一四四八万一六八五円となり、実際の基準による支給額二二六六万〇五三三円より八一七万八八六八円少ない金額を受領していた。

このように、実態に反して中平や鈴木と原告との共同募集として届け出たことにより、被告が支払うこととなった報酬金額は、二〇五六万六四三九円から四三七万六三一六円(中平についての分)、八一七万八八六八円(鈴木についての分)を差し引いた八〇一万一二五五円となり、被告は著しい損害を被ったものである。

オ 適用規定について

コンサルタント社員の所為が賞罰規定の各事由に該当する場合、被告は、それぞれの規定を並列的に適用し、最も重い処分に従った処分を選択できるのであり、原告主張のように、一般規定、特別規定の関係に立つものではない。保険募集業務上最も悪質な所為である「募集活動を全く行わないで他人から成績を譲り受けて、不正な計上を図る」行為をし、これにより、被告が現実に損害を被ったという事実が付加された場合にも、降格処分しか適用できず、懲戒解雇とすることが不可能となる原告の解釈は不当である。

(2) 懲戒解雇事由②

ア 原告は、宮崎元弘コンサルタント社員(以下「宮崎」という。)が取り扱った有限会社A野商事(以下「A野商事」という。)を保険契約者とする三件の契約について、本来ならば共同募集とすべきであるのに、このうちのB山春子を被保険者とするものについて、宮崎との貸借の相殺を目的に原告の単独募集として計上し、このような個人的な貸借に基づく金員を保険契約の報酬によって回収することを図った。

原告の右所為は、賞罰規定七条五項七号(職務上の地位を利用して、会社の内外を問わず、みだりに金銭、物品その他の諸利益を受けまたはこれを供与し、もしくは不正な貸借をした場合)に該当する。

イ コンサルタント社員の所為が賞罰規定の各事由に該当する場合、被告は、それぞれの規定を並列的に適用し、最も重い処分に従った処分を選択できることは、前記(1)オのとおりである。単に募集実態に反した届出をするだけでなく、それにより個人的な貸借を清算するという、より一層悪質な不正が付加された行為について、降格処分しか適用できず、懲戒解雇とすることが不可能となる原告の解釈は不当である。

(二) 原告の主張

(1) 懲戒解雇事由①について

ア 原告が報告した事実について

三六件の保険契約の申込について原告との共同募集であると報告したのは、原告ではなく、中平、鈴木である。

イ 募集活動に当たるか否か

募集活動に当たるか否かは、単に契約成立に必要な手続に関与したか否かにとどまらず、契約の成立に実質的に寄与したか否かを問題にしなければ決し得ない。例えば、契約者に保険契約の内容を説明するよりも、契約者の意思決定に支配的影響力を持つ顧問税理士などの第三者に説明をした方が、契約成立に効果的である場合があろう。このような場合、顧問税理士に保険契約の内容を説明することが、契約者に保険契約の内容を説明をすることよりも、より実質的に契約成立に寄与したということができる。

このことは共同募集の場合、いっそう妥当する。共同募集とは、募集活動を分担することである。はじめから共同募集者が募集活動の全部を担うことを予定していない。事実、被告は、これまで法人との団体契約の場合、団体契約を成立させた者と、契約の実際を担当した者とを共同募集者扱いしてきた。法人との団体契約の場合、団体の構成員は文字通り「見込客」にすぎない。にもかかわらず法人との団体契約を成立させた者は、それだけで契約の実際を担当した者と共同募集者として扱われている。つまり、共同募集において募集活動を分担したか否かは、契約の実際に関与したか否かではなく、契約の成立に実質的に寄与したか否かを共同募集の基準としていることを、被告も認めているのである。そうであれば、成約率が格段に高い顧問先法人について契約が成立した場合、税理士と業務提携契約を締結し、税理士との間で顧問先法人との契約の段取りをつけた者を共同募集者として扱うことは、当然の事理であろう。

被告は、これまで税理士、医師、銀行との業務提携契約に基づき、業務提携契約を成立させた者と契約の実際を担当した者とを、共同募集者として報告した例において、これを虚偽報告として問題としたことも、懲戒解雇処分に付す旨の警告を発したこともない。まして懲戒解雇処分を発令したこともない。

ウ 被告の損害について

仮に原告が偽って報告し、不正に報酬を取得したとしても、会社に著しい損害をこうむらせていない。すなわち原告と中平、鈴木が、給与・報酬規定上、同じ二級コンサルタント社員の地位にあれば、中平、鈴木が受け取るべき報酬を原告が受け取ったに過ぎず、会社に損害はない。被告は、「虚偽申告による実際の支給額」と「実際の基準に基づく再計算額」の差額をもって、被告がこうむった損害としているが、この「差額」が中平、鈴木に支払われるべき報酬額と同額であれば、被告に損害はないことになる。しかし、被告は、中平、鈴木に報酬としていくら支払われるべきであったかの立証を全くしていない。

エ 賞罰規定適用の誤り

コンサルタント社員が単独募集を共同募集と偽ること、また共同募集を単独募集と偽ることは、「成績を他人から譲り受け、不正な計上を図った場合」であるから、降格事由を定めた賞罰規定七条三項一二号の規定を適用すべきである。そうであれば仮に、被告の原告に対する懲戒処分が許されるとしても、降格処分の限度にとどまるというべきである。

(2) 懲戒解雇事由②について

ア 事実関係について

A野商事を契約者とする三件の保険契約は、すべて原告が税理士との業務提携契約をもとに契約の成立にこぎつけたもので、原告の単独募集である。被告が宮崎との共同募集とするB山夏子、B山秋子を被保険者とする二件の契約については、宮崎の契約実績に加えてあげるため、宮崎との共同募集としたものである。

イ 「みだりに金銭を受けた」に当たらないこと

仮に、B山春子を被保険者とする保険契約について、原告が宮崎に対する金銭貸借の相殺目的で、宮崎との共同募集を原告の単独募集として偽って計上し、宮崎の報酬をもって金銭債権の弁済に充てたとしても、宮崎が得る報酬は正当であって、これを金銭貸借の支払に充てることを宮崎自身が了承しているならば、何ら「みだりに金銭を受けた」に当たらない。本規定は、コンサルタント社員が職務権限を濫用し、不正に金銭を授受することを禁止する趣旨にでたものであって、そもそも他の従業員に対する金銭貸借及びその金銭債権の弁済を受けることは、もとより「不正な貸借」ではなく、それを報酬をもって充てる場合であっても、宮崎が正当に得ることのできる報酬であれば、何ら不正に金銭を受けたことにはならない。

ウ 賞罰規定適用の誤り

仮に、事実が被告主張のとおりであったとしても、「成績を他人から譲り受け、不正な計上を図った場合」であるから、降格事由を定めた賞罰規定七条三項一二号の規定を適用すべきである。そうであれば仮に、被告の原告に対する懲戒処分が許されるとしても、降格処分の限度にとどまるというべきである。

2  解雇権濫用の有無

(一) 原告の主張

(1) 解雇権の濫用

仮に、懲戒解雇事由①につき賞罰規定七条五項一一号に、懲戒解雇事由②につき同項七号が適用されるとしても、これまで述べた諸事情に照らし、被告の原告に対する本件懲戒解雇は、客観的に合理的理由がなく、社会通念上相当として是認できない。ちなみに、懲戒解雇事由②についていえば、被告内部では、コンサルタント社員同士が、共同募集制度を利用してお互いに融通しあうのは日常茶飯事のことであり、これまで特に問題とされたことはない。

(2) 他の懲戒解雇事由の存在について

ア 被告は、原告が他の生命保険会社の保険募集に関与していた、このような行為は、賞罰規定七条五項五号、同項一九号に該当すると主張する。

しかし、原告は、被告の契約申込限度額を超える保険契約金額について契約者の便宜を図るために、他の生命保険会社の保険を利用したに過ぎず、業として他の生命保険会社の募集活動に携わっていたわけではない。

イ 仮に、右事実が認められるとしても、懲戒解雇の意思表示当時、被告に認識がなく、後日の調査によって判明したものであって、権利濫用を理由とする無効の主張に対する防御方法としての価値はないといわなければならない。

(二) 被告の主張

(1) 他の懲戒解雇事由の存在

ア 原告は、被告の生命保険募集を行う傍ら、東邦生命、ナショナルライフ等、他の生命保険会社の保険募集に関与していた。このような行為は、募取法一〇条二項(保険業法では二八二条二項)の生命保険募集人の一社専属性の規定に違反するものであり、賞罰規定七条五項五号(会社が禁止したにもかかわらず、他の業務に従事した場合)、同項一九号(保険募集取締法規に違反して、契約者または会社に迷惑を及ぼした場合)に該当する。もし、本件懲戒解雇前に判明していれば、独自の解雇事由となったものである。

イ 原告は、株式会社C川技研工業を保険契約者とする保険について被告から受領した募集手数料全額を川嶋に渡していた。これ以外にも、原告と川嶋との間で、一八二四万一七七九円という巨額の金員の授受が行われた。これも、賞罰規定七条五項七号に抵触し、懲戒解雇事由となる。

ウ 懲戒解雇後に判明した違法行為であっても、解雇が権利濫用に該当しないことの基礎付け事実(権利濫用の評価障害事実)として主張することは可能と解する。被告のコンサルタント社員であった当時、右のような違法行為を行っていた原告に対する懲戒解雇は、権利濫用には当たらないということができる。

(2) 他の者に対する懲戒

被告は、原告以前にも、不祥事故が発生した場合、懲戒解雇、業務委託契約の解除も含め、厳正な処分をしている。

第三当裁判所の判断

一  争点1(懲戒解雇事由の存否)について

1  前記争いのない事実等、《証拠省略》によれば、次の事実が認められる(なお、必要に応じて、各認定事実中に改めて証拠を挙示した。)。

(一) 原告の入社・配属等

(1) 原告は、平成元年一〇月一日、被告に、コンサルタント社員(生命保険契約の募集にあたる直販社員)として採用され、首都圏地区統括部横浜東エイジェンシー・オフィス(以下「横浜東オフィス」という。)に配属された。これに先立つ同年一月には川嶋が採用されて横浜東オフィスに配属されており、原告入社後の平成三年八月一日に中平が、同年一〇月一日に宮崎が、平成四年七月一日に鈴木がそれぞれ被告にコンサルタント社員として採用され、やはり横浜東オフィスに配属された。当時、同オフィスのエイジェンシーマネージャー(営業所長に相当)は岩山勇(以下「岩山」という。)であり、ユニットマネージャー(後にアシスタントセールスマネージャーと改称。副所長に相当)として篠澤英浩(以下「篠澤」という。)も在籍していた。

原告や中平らは、当初篠澤のユニットに所属していたが、平成四年六月に川嶋がユニットマネージャーになると、川嶋のユニットの所属となった。

(2) 平成六年六月一日、川嶋が港横浜オフィスのエイジェンシーマネージャーとして独立したのに伴い、原告、中平、宮崎及び鈴木も、同オフィスに配転になった。

(二) 税理士ビジネスについて

(1) 原告は、入社以来、「税理士ビジネス」(あるいは「税理士市場ビジネス」)と呼ばれる分野の募集活動に携わってきた。これは、税理士に協力を依頼して、顧問となっている法人を紹介してもらい、その法人との間で保険契約を成立させる形態の募集活動分野である。この税理士ビジネスにおいては、節税対策ということが保険加入の主たる動機となることが多く、税理士が、利益の出ている法人に節税対策として保険に加入することを勧めた場合、成約率が非常に高くなるという特徴がある。

(2) 原告は、中平、宮崎及び鈴木とチームを組み、主として原告が税理士の協力を取り付ける役割(市場の開拓)を行い、他の者が税理士から紹介された法人(見込客)に対する保険の説明(ただし、税理士が勧めているため、詳しい説明を必要としない場合が少なくない。)、被保険者との面談、加入に必要な診査の手配、保険契約申込書の受領、第一回保険料充当金の受領等の手続を行う役割を担った。なお、中平や鈴木が見込客に対する募集行為を行う際には、川嶋が同行することが多かった。

(3) 川嶋、原告、中平、宮崎及び鈴木は、税理士ビジネスにより保険契約が成立した場合には、被告に対し、契約を成立させた者と原告との共同募集として報告することを合意していた。また、原告は、共同募集としたことによって、被告から原告に支払われた報酬の一部を川嶋に支払っていた。

(三) 中平と原告との共同募集と報告された保険契約

(1) 共同募集として報告された保険契約及び紹介者は次のとおりであり、このうち、①ないしのD原税理士、のE田税理士、のB山税理士、のA田税理士、ないしのB野税理士、のC山税理士を開拓したのはいずれも原告である(《証拠省略》)。及びについては、後記(2)及び(3)で更に検討を加える。

① 契約者 D川経理研究所

契約日 平成四年一二月二四日及び平成五年一二月七日

紹介者 D原一郎(税理士)

② 契約者 E原

契約日 平成五年一月二八日及び同月二九日

紹介者 D原一郎(税理士)

③ 契約者 A山建設

契約日 平成五年五月一日

紹介者 D原一郎(税理士)

④ 契約者 E谷建設

契約日 平成五年一〇月二五日

紹介者 D原一郎(税理士)

⑤ 契約者 B川石材店

契約日 平成五年二月一日及び平成七年三月一日

紹介者 D原一郎(税理士)

⑥ 契約者 C原左官工業

契約日 平成五年三月一日

紹介者 D原一郎(税理士)

⑦ 契約者 E野設備

契約日 平成五年三月一日

紹介者 D原一郎(税理士)

⑧ 契約者 A川建築工業

契約日 平成五年三月二二日及び同年四月二日

紹介者 D原一郎(税理士)

⑨ 契約者 B原電設工業

契約日 平成五年四月一四日(なお、甲一六及び甲一五の5と、乙八とで年に一年の違いがあるが、前者を採用した。)

紹介者 D原一郎(税理士)

⑩ 契約者 A本電気

契約日 平成五年五月一〇日

紹介者 D原一郎(税理士)

⑪ 契約者 D野測量設計

契約日 平成五年六月一五日

紹介者 D原一郎(税理士)

⑫ 契約者 C田建設

契約日 平成五年六月二一日及び同月二七日

紹介者 D原一郎(税理士)

⑬ 契約者 C田工業

契約日 平成五年六月二一日及び平成七年六月三〇日

紹介者 D原一郎(税理士)

⑭ 契約者 A山薬局

契約日 平成五年六月三〇日

紹介者 D原一郎(税理士)

⑮ 契約者 D田呉服店

契約日 平成五年七月一日

紹介者 D原一郎(税理士)

⑯ 契約者 E山どうぶつ病院

契約日 平成五年九月二二日及び平成六年一〇月一二日

紹介者 D原一郎(税理士)

⑰ 契約者 A原日本

契約日 平成六年一〇月二八日

紹介者 D原一郎(税理士)

⑱ 契約者 B田商会

契約日 平成六年六月一日

紹介者 D原一郎(税理士)

⑲ 契約者 C野土建工業

契約日 平成六年六月二七日

紹介者 D原一郎(税理士)

⑳ 契約者 D林商会

契約日 平成六年九月一日

紹介者 D原一郎(税理士)

契約者 D山工業

契約日 平成六年九月六日

紹介者 D原一郎(税理士)

契約者 E川製作所

契約日 平成四年三月三〇日

紹介者 E田二郎(税理士)

契約者 A海電気

契約日 平成四年五月二八日

紹介者 B山三郎(税理士)

契約者 B谷建設

契約日 平成四年六月一日

紹介者 中平の知人

契約者 A・B

契約日 平成五年一二月二一日(なお、乙八には、同月二七日の契約も中平が募集した保険契約である旨記載されているが、甲一六は原告の単独募集であるとしており、乙八のみから同日の契約の募集者が中平である事実を認めることはできない。)

紹介者 A田四郎(税理士)

契約者 C岳や

契約日 平成五年五月一日

紹介者 B野五郎(税理士)

契約者 D木電気

契約日 平成六年一月一日

紹介者 B野五郎(税理士)

契約者 B野五郎

契約日 平成六年一二月一日

紹介者 B野五郎(税理士)

契約者 E海松夫

契約日 平成六年六月二一日

契約者 A谷コーポレーション

契約日 平成五年一〇月一日、同月一九日及び平成六年六月三〇日

紹介者 C山六郎(税理士)

(2) B谷建設との保険契約について

前記(1)のB谷建設(千葉県所在)は、中平が知人から紹介された法人である。中平は、平成四年五月三一日に被保険者と面談し、B谷建設から保険契約申込書の提出を受けるとともに、第一回保険料充当金の支払を受けた。(《証拠省略》なお、契約件数は三件である。)

原告は、陳述書(《証拠省略》)及び本人尋問において、契約に同行した旨陳述するが、同人の手帳(《証拠省略》)の平成四年五月三一日欄にその旨の記載がないこと、同日の同行についての本人尋問における陳述が曖昧であることからすると、原告が同日に同行した事実は認め難い。しかし、同人の手帳の同月二九日欄等に千葉に行った旨の記載があること、原告の同行が全くなかった旨の中平の確認書(《証拠省略》)は、契約者名や契約件数等に多数誤りがあるなど(《証拠省略》参照)、その正確性には疑問があることからすると、原告が募集に全く関わっていなかったとまでは断定できない。

なお、この保険契約の換算成績は、三件合計で二一万八二二二円である。(《証拠省略》)

(3) E海松夫との保険契約について

《証拠省略》には、前記(1)のE海松夫は、B岳会計事務所の事務長であるC木から紹介された旨の記載があるが、《証拠省略》によれば、小田原にはB岳という税理士はおらず、C木竹夫税理士事務所にB岳という事務長がいることが認められる。そうすると、原告の陳述書には、C木とB岳についての混乱があると認められるが、B岳という名前は中平の確認書(《証拠省略》)には出ていないところ、このB岳という名前を知っていたことからすると、原告が全く募集に無関係であったとまでは断定できない。

なお、この保険契約の換算成績は、三二万六四八〇円である(《証拠省略》)。

(四) 鈴木と原告との共同募集と報告された保険契約

共同募集と報告された保険契約及び紹介者となった税理士等は次のとおりであり、紹介者を開拓したのはいずれも原告である。(《証拠省略》)

① 契約者 C海工販

契約日 平成五年一〇月一日

紹介者 A木梅夫(税理士)

② 契約者 C谷住宅

契約日 平成五年三月三一日

紹介者 A木梅夫(税理士)

③ 契約者 C河産業

契約日 平成六年五月一日

紹介者 D谷菊夫(税理士)

④ 契約者 E沢舎

契約日 平成六年七月一日

紹介者 D谷菊夫(税理士)

⑤ 契約者 A林ゴルフ

契約日 平成六年七月一日

紹介者 B花(C本生命営業社員)

⑥ 契約者 C川技研工業

契約日 平成六年八月二四日

紹介者 A沢・B海(税理士)

(五) 報告書について

(1) 被告の定型書式では、保険契約申込書の裏面が取扱者の報告書となっており、末尾に、取扱者が必要事項を記載して署名押印し、支社長又は営業所長(エイジェンシーマネージャー)が、申込書の全項目を点検し、取扱者の報告に補足する事項及び注意する点があれば記入した上、署名押印するようになっている。また、表面すなわち保険契約申込書の下部には、募集者氏名コード欄及び共同募集者氏名コード欄がある。これらには、募集者となる者(裏面では取扱者となる者)が自己及び共同募集者のゴム印(コードと氏名の両方が入ったもの)を押捺することが多い。(《証拠省略》)

(2) 前記(三)(1)の各保険契約については、中平が取扱者の報告書を作成し、保険契約申込書下部の募集者氏名コード欄に自己のゴム印を、共同募集者氏名コード欄に原告のゴム印をそれぞれ押捺した。同様に、前記(四)の各保険契約については、鈴木が取扱者の報告書を作成し、保険契約申込書下部の募集者氏名コード欄に自己のゴム印を、共同募集者氏名コード欄に原告のゴム印をそれぞれ押捺した。

(3) 原告が平成六年五月まで横浜東オフィスに在籍していたこと、エイジェンシーマネージャーが岩山であったことは前記(一)のとおりであり、また、本件で問題とされている保険契約の多くが横浜東オフィス在籍中の平成六年五月以前に成立したものであることは前記(三)及び(四)で認定したところから明らかであるが、当時、申込書等を点検すべき立場にあった岩山が、共同募集とすることには問題がある旨指摘した事実は認められない。

(六) ドクタービジネス等

原告が携わっていた税理士ビジネスに類似するものとして、医師に協力を依頼して医師の顧客を獲得する「ドクタービジネス」、銀行に協力を依頼して銀行の顧客を獲得する「バンクビジネス」などがある。これらの分野でも、数人でチームを組んで、市場を開拓する役割と、紹介された見込客との間に生命保険契約を成立させる役割を分担し、被告に共同募集と報告することが行われている。

(七) 団体契約

被告においては、被告と団体が、被告が当該団体の所属員と保険契約を締結する際には保険料を割り引くこと、保険料は当該団体が所属員に支払う賃金等から控除した上一括して被告に支払うこと、被告が当該団体に事務費として所定の金員を支払うこと等を内容とする団体契約(団体取扱協約)を締結することがある。この場合、エイジェンシーマネージャーが被告に販売計画書を提出し、被告が承認して団体契約を締結すると、当該エイジェンシー・オフィスが、場合によっては他のエイジェンシー・オフィスの協力も得て、組織的に当該団体の所属員に対する募集活動を行う。そして、個別の保険契約が成立すると、当該団体を開拓した被告社員は、個別の保険契約の募集活動に関与していなくても、共同募集者として扱われる。

(八) 共同募集に関する規定等について

(1) 給与・報酬規定には、第一六条(共同募集)として、「共同募集の契約については保険料(特別保険料を除く)の半額を計算基礎として、双方に計上する。」との規定があるが、どのような場合が共同募集に該当するのかについて定めた規定はない。(《証拠省略》)

(2) 被告は、平成八年六月に、「蔵銀通達等による保険募集関係の主な留意事項について」と題する文書を作成し、その中で、募集実態を伴わない共同取扱いは問題があるから共同募集取扱いに関する社内規定を定めることとすること、共同募集を「共同して募集行為を行うこと」と定義づけ、「一方が募集行為を行わなかったにもかかわらず、手数料を分け合うこと(共同取扱い)」は許さない旨明記したが(《証拠省略》)、それ以前には、共同募集についての明確な定めがなかった。

(3) また、社団法人生命保険協会で作成している募集人のためのテキスト(《証拠省略》)中にも共同募集についての記載はない。

(九) 宮崎と原告との共同募集と報告された保険契約

(1) 平成六年五月三一日に成立したA野商事との保険契約は三件あるが、B山春子を被保険者とするものは原告の単独募集と報告され、B山夏子及びB山秋子を被保険者とするものは宮崎と原告との共同募集と報告された。

(2) A野商事を紹介したのはB野税理士であるところ、同税理士を開拓したのは原告であり、A野商事を紹介されたのも原告である。

(3) 原告と宮崎は、診査の手配等を共同で行った。

(4) 前記(1)のような報告をした理由について、宮崎は、被告から事情聴取を受けた際には、本来全部を共同募集とすべきところであるが、原告との間に個人的な貸借があったので、B山春子を被保険者とするものについて、原告の単独募集とした旨陳述したが、その後、成績が不良であったため共同募集にさせてもらったもので、実態は原告の単独募集であった、それでは付績契約になり懲戒解雇になると被告から言われたので、個人的な貸借があったと虚偽の陳述をした旨の陳述書(《証拠省略》)を作成した。

他方、原告は、被告から事情聴取を受けた際には、宮崎の成績を良くするため(付績)と、個人的な貸借との両方があって、前記(1)のような報告をしたと陳述したが《証拠省略》、本人尋問においては、実態は単独募集であったが、付績のため宮崎に同行させ、B山夏子及びB山秋子を被保険者とする二件について共同募集とした、最初個人的な貸借の話を認めたのは、宮崎と口裏を合わせるためであったと陳述する。

2  懲戒解雇事由①について

(一) 報告者について

被告の定型書式では、保険契約申込書の裏面が取扱者の報告書となっており、末尾に取扱者が必要事項を記載して署名押印するようになっていること、前記1(三)(1)の各保険契約については、中平が取扱者の報告書を作成し、保険契約申込書下部の募集者氏名コード欄に自己のゴム印を、共同募集者氏名コード欄に原告のゴム印をそれぞれ押捺し、同様に、前記1(四)の各保険契約については、鈴木が取扱者の報告書を作成し、保険契約申込書下部の募集者氏名コード欄に自己のゴム印を、共同募集者氏名コード欄に原告のゴム印をそれぞれ押捺したことは、前記1(五)(1)及び同(2)のとおりである。そうすると、右の各保険契約について被告に報告したのは、直接的には、中平又は鈴木であったと認められる。

もっとも、原告が中平及び鈴木と、税理士ビジネスにより保険契約が成立した場合には、被告に対し、契約を成立させた者と原告との共同募集として報告することを合意していたことは、前記1(二)(3)のとおりであり、中平らの報告行為は、原告との合意に基づくものであるということができる。

(二) 共同募集該当性

(1) 被告は、前記1(三)(1)及び同(四)の各保険契約が成立し、被告に対する報告が行われた当時施行されていた募取法(その後保険業法の制定に伴い廃止された。)及び保険業法で、「この法律において「募集」とは、保険契約の締結の代理または媒介を行うことをいう。」と定義していることを出発点とし、原告の所為は、「媒介」の定義に照らして「募集」に該当しない、保険契約の場合、「募集」に該当するのは、契約者に対する保険の説明から、被保険者との面談、加入に必要な診査の手配、保険契約申込書の受領、第一回保険料充当金の受領等、保険契約成立に至るまでに必要な一連の手続を行うことであるが、原告はこれらを行っていないから共同募集に該当しないと主張する。

(2) しかし、募取法及び保険業法は、「……募集を取り締り、もって保険契約者の利益を保護」すること(募取法一条)、あるいは「……保険募集の公正を確保することにより、保険契約者等の保護を図」ること(保険業法一条)を目的とする法律であり、その目的を達成するために設けた諸規定の適用範囲等を明確にするために定義規定を設けているに過ぎないのであって、生命保険募集人が、契約者に対する保険の説明、被保険者との面談、加入に必要な診査の手配、保険契約申込書の受領、第一回保険料充当金の受領等の一連の手続を経て、保険契約成立に至らせた場合に、保険会社等が誰に対して報酬を支払うべきかの問題は、これらの法律が直接関知するところではないというべきである。

被告自身、団体契約の場合に、個別の保険契約が成立すると、当該団体を開拓した被告社員は、個別の保険契約の募集活動に関与していなくても、共同募集者として扱うことを認めているが(前記1(七))、被告の主張は、自身の右取扱いとの整合性を欠くものである。

(3) そうすると、前記1(三)(1)及び同(四)の各保険契約を共同募集として報告することが賞罰規定七条五項一一号に該当するか否かは、被告の取扱いの下で共同募集と報告することが許されていない場合であったか、許されない場合であったとして、許されないことを原告が知り又は容易に知り得たか(故意又は重大な過失があったか)という観点から検討されるべきである。

そして、このような観点から検討すると、被告は平成八年六月に作成した文書において共同募集を定義づけ、「一方が募集行為を行わなかったにもかかわらず、手数料を分け合うこと(共同取扱い)」は許さない旨明記したが、それ以前には共同募集についての明確な定めがなかったことは、前記1(八)のとおりであり、また、本件で問題とされている保険契約の多くが横浜東オフィス在籍中の平成六年五月以前に成立したものであるが、当時、申込書等を点検すべき立場にあった岩山において共同募集とすることには問題がある旨指摘した事実が認められないこと、被告において、従前税理士ビジネス以外の、ドクタービジネスやバンクビジネスと呼ばれる分野でも、数人でチームを組んで、市場を開拓する役割と、紹介された見込客との間に生命保険契約を成立させる役割を分担し、被告に共同募集と報告することが行われていること、団体契約の場合に、個別の保険契約が成立すると、当該団体を開拓した被告社員は、個別の保険契約の募集活動に関与していなくても、共同募集者として扱うことを認めていることは、前記1(五)ないし(七)のとおりであって(なお、団体契約の場合に被告の承認手続が行われているのは、被告が法人として団体との間に契約を締結するからであると考えられるのであって、共同募集とすることについて特別の承認が必要であるが故に承認手続が行われていると理解することはできない。)、これらの事実からすると、平成八年六月以前には、どのような場合を共同募集として取り扱うのかの基準が不明確であり、したがって、前記1(三)(1)及び同(四)の各保険契約を共同募集として報告することが許されていなかったとまでは認められず、まして、許されないことを原告が知り又は容易に知り得たとはいえないというべきである。

(三) 著しい損害について

前記1(三)(1)のうち、の各保険契約についての原告の関与に疑問があることは同(2)及び同(3)のとおりであるが、これらを共同募集と報告することが許されないとしても、これらだけでは被告の損害は大きいといえず、被告に「著しい損害をこうむらせた」ということはできない。

また、《証拠省略》は、前記1(三)(1)及び同(四)の各保険契約を中平又は鈴木の単独募集とした場合の報酬との比較で、被告の損害を計算しているが、これらの募集行為の際には川嶋が同行しており、被告の主張を前提としても、本来川嶋との共同募集とすべき保険契約もあったと考えられるから(前記1(二)(2))、《証拠省略》により被告がこうむった損害を認定することはできない。そして、他に被告の損害を認めるに足りる証拠はないから、損害計算の正確性の観点からも、被告に「著しい損害をこうむらせた」と認めることはできない。

(四) よって、原告に賞罰規定七条五項一一号に該当する事由があったと認めることはできない。

3  懲戒解雇事由②について

この点についての事実関係、証拠関係は、前記1(九)のとおりであるが、原告と宮崎の間に個人的な貸借があったことについては、同所で挙示したもの以外に適切な証拠がなく、金額も不明であるから、個人的な貸借があった事実を認めることはできない。また、宮崎がA野商事との保険契約締結の際、実態としてどの程度関与したのかについても、明確であるとは言い難い。

そして、何よりも、前記2(二)のとおり、被告においては、どのような場合を共同募集として取り扱うのかの基準が不明確であったのであるから、A野商事との保険契約を単独募集と報告すべきであったのか、それとも共同募集と報告すべきであったのかの確定が困難である。

そうすると、B山春子を被保険者とするものについて、本来なら共同募集とすべきであることの証明はないといわざるを得ないから、原告に賞罰規定七条五項七号に該当する事由があったと認めることはできない。

4  以上の次第であるから、原告に懲戒解雇事由が存するとは認められない。

二  原告に懲戒解雇事由が存すると認められない以上、争点2(解雇権濫用の有無)について判断するまでもなく、本件懲戒解雇は無効であるといわざるを得ない。

三  被告が原告に支払うべき賃金等について

1  懲戒解雇事由の存在が認められない以上、自宅待機命令も違法であったといわざるを得ないから、原告は、平成八年一月二四日以降、被告の責に帰すべき事由によって労務の提供をできなかったこととなり、民法五三六条二項本文により反対給付である賃金請求権を失わないというべきである。

2  固定給について

(一) 原告の固定給は月額一〇万円であったから(前記第二の一5(一))、平成八年七月分から平成一一年七月分までの固定給は三六〇万円を下らない(なお、同期間の月数は三七であり、計算上は三七〇万円となるが、原告の請求額は三六〇万円である。)。原告は、被告に対し、この三六〇万円及びこれに対する口頭弁論終結の日の翌日である平成一一年七月三一日から支払済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める権利を有する。(主文二項)

(二) また、原告は、口頭弁論終結後の平成一一年七月三一日以降も月々一〇万円の固定給を請求する権利を有するところ、被告が本判決確定前に任意に支払うことは期待できないから、本判決確定に至るまでの固定給の支払をあらかじめ求める必要があると認められる(民事訴訟法一三五条参照)。(主文三項)

3  報酬について

(一) 報酬は出来高払であり、原告の平成七年の平均報酬月額は五五六万七五四五円であったから(前記第二の一5(一)及び同(三)(1))、他の事情の主張立証がない以上、原告は、被告による平成八年一月二四日以降の労務受領拒否がなければ、平成八年も同額の報酬の支払を受けることができたと推認するのが相当である。ただし、原告は、平成八年一月分についても、既払の一七七万〇〇一四円との差額を請求しているが、報酬の締切日は前月二四日であり(前記第二の一5(一))、平成八年一月分の締切日は平成七年一二月二四日であるから、平成八年一月分の報酬が少ないことと、被告による平成八年一月二四日以降の労務受領拒否との間には因果関係がないというべきである。これに対し、平成八年二月分については、被告による労務受領拒否の開始から締切日までは一日しかないが、平成八年一月二四日の労務受領拒否がなければ同日に保険契約が成立した可能性がないとはいえないから、なお、労務受領拒否と報酬の減少との間の因果関係は否定できないというべきである。

そうすると、原告は、被告に対し、平成八年二月分から平成一一年七月分までの報酬二億三三八三万六八九〇円(五五六万七五四五円×四二か月)より平成八年二月分から同年六月分までの既払額合計五三六万一八九〇円(前記第二の一5(四)(1))を控除した二億二八四七万五〇〇〇円及びこれに対する口頭弁論終結の日の翌日である平成一一年七月三一日から支払済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める権利を有することになる。(主文四項)

(二) また、原告は、平成一一年七月三一日以降も月々五五六万七五四五円の報酬を請求する権利を有するところ、被告が本判決確定前に任意に支払うことは期待できないから、本判決確定に至るまでの報酬の支払をあらかじめ求める必要があると認められる。(主文五項)

4  賞与について

(一) 賞与の支給額が計算期間中の有効換算成績合計額に支給率を乗じた金額と定められていること、計算期間については、夏期賞与が毎年一一月から四月まで、年末賞与が毎年五月から一〇月までと定められていること、及び原告の平成七年夏期賞与が六八五万八七六三円、同年年末賞与が一二三五万七四九九円であったことは、前記第二の一5(二)及び同(三)(2)のとおりであるから、他の事情の主張立証がない以上、原告は、被告による平成八年一月二四日以降の労務受領拒否がなければ、平成八年も同額の賞与の支払を受けることができたと推認するのが相当である。

なお、原告は、夏期賞与の支給日は六月九日、年末賞与の支給日は一二月八日であると主張するが、賞与規定(《証拠省略》)六条によれば、夏期賞与の支給日は六月一〇日、年末賞与の支給日は一二月一一日であると認められる(なお、同条には、ただし書として、「当該日が休日にあたる場合には直前の勤務日とする。」旨定めているが、本件全証拠によるも、勤務日がどう定められているかは不明である。)。

そうすると、原告は、被告に対し、平成八年夏期賞与として、六八五万八七六三円から既払額一〇九万一二七七円を控除した五七六万七四八六円、平成九年ないし平成一一年の夏期賞与として各六八五万八七六三円、平成八年から一〇年の年末賞与として各一二三五万七四九九円、以上合計六三四一万六二七二円及びこれに対する口頭弁論終結の日の翌日である平成一一年七月三一日から支払済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める権利を有することになる。(主文六項)

(二) また、原告は、平成一一年七月三一日以降も、六八五万八七六三円の夏期賞与及び一二三五万七四九九円の年末賞与を請求する権利を有するところ、被告が本判決確定前に任意に支払うことは期待できないから、本判決確定に至るまでの賞与の支払をあらかじめ求める必要があると認められる。ただし、支払日が原告の主張と異なることは前記(一)のとおりである。(主文七項)

四  結論

以上の次第であるから、原告の請求は、被告に対し、雇用契約上の権利を有する地位にあることの確認を求め、前記三の賃金及び遅延損害金の支払を求める限度で理由がある。

よって、原告の請求を主文一項ないし七項記載の限度で認容し、その余の請求を棄却することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法六一条、六四条本文を、仮執行の宣言につき同法二五九条一項をそれぞれ適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 飯島健太郎)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例